2023/08/28 16:49

「八角先角のお箸」

この商品が生まれた経緯についてお話させて頂きます。

2017年、職人である私は2つの悩ましい仕事がありました。
1つは特産品コンクールへの出品する商品のコンセプト。
付き合いでエントリーをすると特産品協会の職員の方と約束したものの、いいアイデアが浮かかびませんでした。
もうひとつは新規オープンする創作フレンチのオーナーシェフにオリジナルの箸を依頼されたことでした。
当時の私は多忙を極めていました。
年間数万膳のお箸を加工していたため、朝早くから夜遅くまで、時には休日すらも返上して箸を作っていました。
そのためそれらには手が回らない可能性がありました。
それでもその2つを受けたのは正直なところ息抜きのためでした。

オーナーシェフとの1回目の打ち合わせを終え、次回は数日後にサンプルを見ながら2回目の打ち合わせをする流れになりました。
その中で彼にお願いされたのは「四角い26cm」のお箸を作ることでした。
普段ならいくつかある定番商品の中からカスタムする形で打ち合わせをしていきます。
ですが、私が日ごろ作っていた数万膳のお箸には26cmなんて一本もありませんでした。
定番の長さは子供用の18cmから長くても24cmでした。
そのため普段とは違う作業をサンプルづくりのためにすることになりました。
とはいえたかが数cm。そんなに手間もかからないな、と考えていました。

さて、2回目の打ち合わせの日がやってきました。しかしその日私は焦っていました。
2時間後に打ち合わせを控えながら、いまだにサンプルが手元に無く、しかも工場で他の作業に追われていたからです。
打ち合わせ場所への移動に40分。身だしなみを整えるのに15分。残されたのは1時間と少々でした。
無休で取り組みようやく他の作業が終わりました。息つく暇もなく大慌てでサンプルづくり作業にとりかかります。
とは言え、たかが数本のサンプルぐらい30分もあれば十分でした。
26cmの木の棒を切り出します。最低限の6本で十分です。
そこから加工にとりかかります。先を細くして、番手の細かいペーパーで研磨していきます。
順調そのものでした。
そしてあとは角を落とせば完成。使える時間は残り7分。余裕でした。
先は四角いまま、持ち手の角だけ落としていくためのセッティングを整えます。
いつも通り、簡単な作業です。そのまま無心で4つの角を6本とも落としてきます。

・・・いつも通り?あっ
そう思った時にはもう手遅れでした。
長さを考慮にいれずいつも通りのセッティングをしたため角を削る幅を思い切り間違えてしまったのです。
それも6本すべて。慌てて「深く削り込み過ぎてしまった」持ち手部分を見てみます。
失敗だ。どうする、もう時間はない。落ち込みと焦りがこみ上げ、パニックになりそうでした。

ぼう然と持ち手部分を見ながら、対処を考えるしかありませんでした。
「・・・あれ?」
そのアイデアに気付いた瞬間のことは今でも思い出せます。
私が失敗した「深く削り込みすぎてしまった」持ち手部分がほとんど「八角」になっていたのです。
持ち手が八角のお箸は直前まで作っていたお箸でしたが、その箸先は丸くしていました。
また持ち手の四角いお箸は当然のように箸先も四角でした。
それらが「当たり前」だったのです。
日本の箸の文化は大きく「江戸」と「京都」に分かれます。
江戸は持ち手に色々な形があるが箸先は決まって丸、京都は持ち手も箸先も決まって四角なのです。
これが文化として「当たり前」となっています。

・・・いいえ、私がそう思い込んでいただけだったのです。
持ち手が四角以外の形、例えば八角だと、角が鈍角になって手に優しくなります。
また箸先が四角だと角が鋭角になって物にくい込み、つかみやすくなます。
私が失敗で作ってしまったものは、その両方のメリットを併せ持つことができます。
持ちやすく、滑りにくい。
箸に求められる機能性を形状だけで実現できる、お箸としての最高のデザインのひとつ。
その素晴らしいアイデアに気が付いたのでした。

そして私はカバンにその失敗作、ではなく素晴らしいアイデアの詰まったサンプルを詰め込むと大急ぎで打ち合わせ場所までむかいました。
無事に到着し、実は失敗してしまったんですが、とサンプルを出しながら私が顛末を話しだします。
すると途中で彼もこの素晴らしいアイデアに気が付いたようで、「それいいですね、それで行けませんか?」と大変気に入って貰うことが出来ました。

その後、彼の店は無事にオープンを迎えることができました。
私のほうももう一つの悩ましい仕事であるコンクールにアイデアを流用した商品を提出できました。
(そのおかげで上から何番目かの賞を貰うことができました。)
今や彼のレストランは開業して数年が経ちます。
彼の類まれな努力とセンスのお陰で2年連続で世界的に有名なグルメガイドに掲載されたといいます。
私も何度も足を運ばせて貰いまた人生の転機でも利用させてもらい、その度に彼の料理や空間、人柄に大変楽しませて貰いました。

そんな彼が先日、お箸のリニューアルを依頼してくれました。今度は素材を変えて同じ形で、とのことです。
前回は彼のリクエストに応え木のお箸を作りました。
今回は私からの提案という形で素材を竹にしてもらいました。
竹は木よりも軽く丈夫なため、前回よりも繊細なデザインにすることが出来ることを説明すると十分納得して貰えました。
長さも取り回しを考えて少し短い25cmのお箸です。流石に26は長すぎたということで一致しました。
そこに、私が現在取り組んでいるサステナブル化の観点から、水性塗料での仕上げをさせて頂くことになりました。
彼もその点を喜んでくれたようでした。

最高のお箸の形状と、最適な素材、サステナブルへの配慮。
今の私の出来うるベストなお箸を納品することが出来ました。
そして彼にこの一連の話と共にお箸を販売することを告げると笑って許可を貰えました。

そんなお箸がこちらの商品になります。